短編が無事終わって、今月の締め切りは、あとひとつ。
クールダウンのために、Kindleで幾つか本をポチっポチっとな。
で、今読んでいるのが、
「作家という病」
作家という病 (講談社現代新書) | 校條 剛 |本 | 通販 | Amazon
「ザ・流行作家」
かつて、中間小説誌が漫画誌並みに数十万部売れていた時代に活躍した「流行作家」たちの武勇伝を集めたものです。
ここでいう「流行作家」とは、雑誌や新聞にいくつも連載し、月産(原稿用紙)700枚とか1000枚とかを執筆していたエンタメ(中間小説)作家のことです。
いわゆる売れっ子「マガジンライター」。
今でこそ、「小説」の発表の場は単行本だったり文庫だったりして、その印税が主な収入となりますが、「雑誌」や「新聞」が発表の最終形態だった時代がありました。連載→単行本→文庫……という形態は、わりかし最近のビジネスモデル。
これは漫画も同様で、漫画誌に連載してそれで終わり……という時代もあったと聞きます。単行本にまとめて発売する……というビジネスモデルは、昭和四十年代後半ぐらいからはじまったものではないでしょうか(詳しいことはよく分かりませんが)。
つまり、当時は、雑誌や新聞の連載をいくつも持って、毎日毎日書き続けていないと、作家一本では食べていけない時代だったのかもしれません。
流行作家というキラキラとした呼称とはかけ離れた、まさに過酷な実態。
しかも、当時は手書き原稿ですからね……。
さらにファクスもなければ、メールもない。
めでたく原稿を書き上げたとしても、それを送るのもアナログ、「人」が運ばなくてはいけません。
編集者、活字を拾う人、校正者。……考えただけで地獄。
小説家というのは、才能はもちろのこと、この過酷な環境に耐えうるメンタルと体力がなければなれなかった職業だったのかもしれません。
私が小説家を目指すことができたのは「ワープロ」のおかげなんですが、もし「ワープロ」も「パソコン」もなければ、私は小説家になろうなんて一ミリも考えなかったと思います。原稿用紙一枚に文字を埋めるだけで、ヒィヒィ言ってましたから……。
ところで、「連載→単行本→文庫」というビジネスモデルも、崩壊しつつあります。
なにしろ、連載媒体がどんどん少なくなっていますから。
今は、おかげさまで幾つか連載をいただき、来年の分まで予定が埋まっていますが、連載の原稿料はあくまで「あぶく銭」だと認識しないといけないだろうな……と思っています。これをあてにしだしたら、連載が一切なくなったときが恐ろしいからです。
なぜなら、連載媒体がまったくなくなる……という最悪のシナリオは、遠い未来のことではなく、明日にでも起こり得る現実だからです。