3.11からもう七年。
この時期になると、ある人の話を思い出します。
その人の名前は、仮に、Mさんとしておきます。
Mさんの職業は執筆業。
ですが、本業ではなかなか食べていけず、派遣社員もしていました。
Mさんと私が出会ったのは、2010年。派遣先のとあるオフィスでした。
「早く、本業一本で暮らしたい」というのが口癖のMさん。
ですが、当時46歳。46歳になっても芽がでない…というのはかなりヤバい。
というか絶望的。だからといって、今更他の職業に就くのは難しいだろうし、結婚なんてなおさら。
このまま非正規社員として、ワーキングプワーな人生を送るんだろうな……と。
でも、Mさんはいっつも笑っていました。悲壮感も絶望感もありません。
生活はかなりカツカツなはずなのに。
「大丈夫! 私、2010年頃から花開く運勢だから!」
…いやいや、もう2010年ですよ? でも、全然花開いてないですよね?
「うーん。まあ、ちょっとした誤差かな?」
Mさんは、本業の取引先にもそんなことを吹聴して回っていたそうです。
「私の人生、2010年から急上昇しますから!」
そんなことを言われたら、笑うしかありません。
「それはよかったね」(棒読み)と。
申し訳ないんですが、当時のMさんの状態は「花開く」からほど遠い、どちらかという「枯れていく」ばかりの有様でした。
なのに、なんで、そんなにポジティブになれるんだろう?
「……うーん、実はね。私も、本当は、諦めているところあるんだ」
と、ある日、Mさんは珍しく弱音を吐き出しました。
「もうダメだ、死にたい…なんて思うときもある。そんなとき、頭の奥のほうで声が聞こえるんだ。『大丈夫。絶対報われるから。あともう少し、あともう少し!』って。だから、その声を信じているだけど。……でも、さすがに、いい加減、疲れてきた」
2011年3月になっていました。
Mさんは相変わらず、本業のほうはさっぱり。派遣でなんとか暮らしています。
その派遣の契約も、今月いっぱい。
「来月の仕事、まだ決まってないよー」
さすがのMさんも、笑顔はありませんでした。
そんなある日のこと。
Mさんが、一心不乱にメールを入力しています。
その職場の主な仕事はメールのやりとりで、メールだけで一日が終わってしまうことも。
その日も、ランチのあと、Mさんはずっとメールを入力していました。
そんなMさんの後ろを通りかかったとき、パソコンのディスプレイが見えました。
「地震に気をつけてください」
メールにはしっかりとそんなことが入力されていました。
「Mさん、それはなんですか?」と訊くと、
Mさんははっと我に返り、
「え?」と、自分で入力した文に面食らっていたようでした。
「やだー、私ったら、なに入力してんだろ」と、
デリートキーを押してその一文を削除。
それから十五分ほどしたときでしょうか。
今まで経験したことがない大きな揺れが。
そう、その日は、2011年3月11日。
そのあと、計画停電だなんだで、職場は長期にわたって閉鎖。
Mさんとはそれっきりになりましたが、
噂では、Mさんはその後、仕事が大当たり、本業一本で暮らせるようになったとか。
とにかく、不思議ちゃんなMさん。
Mさんは、地震以外にも、こんなことをよく言っていました。
当時、政権交代でM党が与党だったのですが、
「うーん、でも、M党は長く続かないよ。すぐに野党に回る。しかも、消滅するかも。2015年頃に、その名前があるかどうか」
などと、予言めいたことを口にしていました。
聞くと、予言ではなくて、占いなんだそうです。
Mさんは独自で占いの勉強をしていて、「2010年から私の運勢が花開く」というのも、占いから導きだしたものだということです。
「でも、素人の横好きが高じたものだから。精度はよくない」と。
「実際、自分のときも、誤差が出ちゃったし」
それでも気になって、「いったいどんな占い?」と訊くと、
「過去の事例を洗い出して、その人の運勢のクセを見る…って感じかな。だから、これはという方程式はない」とのことでした。
そんなMさんと、先日、久し振りに話す機会がありました。
「会社員だった頃…ロンドンに旅行に行ったんだけど。ロンドンに到着したのが、ダイアナ妃が亡くなった日でね。ロンドン中が異様な空気に包まれていた。
それが理由か、その夜、金縛りにあったの。
『来た来た!』と思ったそのとき、ふぅぅっと私の中に何かが忍び込んできて、私の口を使ってしゃべりだしたのよ。まさに、イタコ状態。
と、次の瞬間、頭にあるイメージが浮かんだの。
そして、
『こんなもんじゃない。あのときの地震よりもっともっと大きな災害がくる。それが起きるのは7月14日』
と、男の人の声で、私がしゃべってるのよ。
マジ、怖かった。
その日から、なんだか毎年7月14日が怖くて……。
まったく、予言するんならするで、何年か……てことも教えてくれないと」
Mさんは、冗談めかして話くれましたが、顔はどことなく真剣です。
「でね。例の、自己流の占いで調べたところ、どうも日本はオリンピック後の2021年から3年ぐらい、ちょっとしたダークサイドに落ちる気配。このあたりで、とてつもなく大きい災害に襲われる気がする。……西のほうで」
え? ……何年? 何月?何日? と食い下がる私に、
「一番危ないのは2022年。でも、何月何日かは…。
あ。ちょっと待って。もしかして、例のロンドンでのイタコ体験。そのときに口走った『7月14日』って、このこと?」
Mさんの顔が青ざめます。
『こんなもんじゃない。あのときの地震よりもっともっと大きな災害がくる。それが起きるのは7月14日』
「南海トラフ?」
私たちの声が、重なりました。
しばしの、静寂。
「いやー、でも、私がロンドンで体験したイタコは、もう20年以上も前の話だし。いくらなんでも、20年前に予言されてもね…」
と、Mさんは笑い飛ばそうとしますが、
大概、「予言」というのはタイムラグがあるものです。
ノストラダムスの大予言なんて、まさに……。
「でも、私なんかただの素人だし、あのイタコ体験だって、疲れからくる妄想だったんだろうし」
「そ、そうだよね。偉大な予言者ノストラダムスだって、かなり外しているんだから。素人の予言があたるはずもないよね」
そう、あたるはずがない、予言なんて。
心の準備はしておかないといけない……と、
この時期がくるたびに身が引き締まります。
信じるか、信じないかは、あなた次第。
(以上、事実をもとに創作しました)