真梨幸子mariyukiko’s blog

【公式】真梨幸子(&マリモさん)の最新情報

今年もよろしくお願いします

なんだか、かなりのご無沙汰になってしまいました。

気がついたら、2019年。

去年の秋口から年末進行の前倒し仕事に追われ、

それらをバッサバッサと華麗にやっつけ、

ようやく年賀状も投函し、

やれやれ、ようやく一息つける…と思った年末、事件が次から次へと。

結局、一息つく間もなく、年が開けてしまいました。

 

で、最も大きな事件は、母の危篤です。

この一年、入退院を繰り返してた母ですが、いよいよ心肺停止。

その報せを受けて病院に駆けつけると、

チューブだらけの痛々しい姿で横たわっていました。

 

心肺停止はしましたが、心臓マッサージで蘇生、

チューブだらけになって、なんとか命をつないでいる状態でした。

終末医療の現実を思い知らされました。

 

こんな状態で、辛いだろうな。

本来なら、心肺停止した時点で寿命。そのままあの世に逝ってしまったほうが、本人的にはよかったんじゃないか?

医学の進歩で生き返らせてしまったが、こんなチューブだらけで、本人はどう思っているのだろう?

 

それをどうしても本人から聞きたくて。

 

本日、お見舞いにいってきました。

相変わらず寝たきりで、チューブにつながった状態ですが、会話はなんとかできるまでに回復。

 

訊くなら今しかない!と思い、

「心肺停止したのは、覚えている? 一度、死んだんだよ?」

すると、

「うん」

なんでも、病室の天井から、故人となった親族がぞろぞろやってきたんだそうです。

で、一番仲の良かった姉が手を差し伸べてきて

「こっちに来る?」と。

母がその手をとろうとした瞬間、

はっと、目が覚めたんだそうです。

見ると、白衣を着た医者が、チューブを持ってこっちを見ている。まるで、金棒を持った鬼。

そのチューブはいや。痛いのはイヤ…と、母は死んだ振りをしようとしたんだそうです。

が、チューブがこっちにやってきて、思わず、

「いやだ」

と、払いのけてしまった。

つまり、死んだ振り、失敗。

そして、気がつけば、チューブだらけに…。

できれば、あのまま姉の手をとって、あっち側に行きたかったと、母。

でも、生き返ってしまったのは、きっと、こっち側に未練があったんだろうな…とも。

 

いずれにしても。

死の執行猶予を与えられた母。

その期間がどのぐらいなのかは分かりませんが、

この機会に、伝えたいことはすべて伝えておいてほしいものです。

 

あ、そして。

お迎えに来たあの世の親族たち。

みんな、それぞれ苦労の末、苦渋に満ちた最期でしたが、

母をお迎えにきた彼らは、みな幸せそうな顔をしていたそうです。

その様子を見て、

死ぬことはもう怖くない…と思ったんだとか。

 

臨死体験をした人はみな、そう言います。

「もう、死ぬのは怖くない」

と。

 

いったい、脳にどういうプログラムが仕込まれているのか分かりませんが、

臨死体験は、幸福感に充ち満ちているんだそうです。

脳内麻薬のなせる業かもしれません。

 

それとも。

本当に、「あの世」はあって、

そこは、楽園なのかもしれません。

 

 

性的弱者とは

性的弱者とは。

それは、男性のほうだと思うのです。

だって、男性は、どんなに教養があってもどんなに地位が高くても、

場所も立場も年齢もわきまえず、性欲がむき出しになってしまう瞬間がある。

昔ならいざ知らず、現在、公共の場所(例えば電車の中)とかで、性欲がむき出しになったら、間違いなく、その人の人生は終わります。

そんなリスクがあると分かっていても、男性はその刹那の情熱に身を任せてしまうときがある。

なぜ?

それは、男性は、万年発情期の呪いをかけられてしまっているからです。

 

さて。

本来、生物には発情期というのがありまして。

交尾のシーズンはちゃんと決まっていて、そのシーズン中はメスもオスも、おもいっきり、子孫を残す行為に没頭することができます。そして、シーズンが過ぎれば、性欲も消滅。

ですが、ヒトの女性は、進化の過程で、発情期を捨てました。

性器も隠すことにしました。

なぜか。

男性の意識を、365日、24時間、常に、女性に向けさせるためです。

男性は、女性が妊娠に適した時期にあるかどうか、常に気にしなくてはならなくなり、その準備をしておく必要にも迫られました。

結果、男性は万年発情期に。

365日、24時間、女体を妄想してムラムラしてしまう呪われた存在になってしまったのです。

極端にいえば、

女性は「交尾」を餌に、男性を「奴隷」にすることに成功したのです。

 

古代、

人類は、女性が中心の世の中だったと考えています。

交尾という人参をぶら下げて、男性を翻弄し働かせていたと。

が、時は流れ、

あるとき、虐げられていた男性側が革命を起こし、

現在に続く、男性優位な世界が構築されていったんじゃないでしょうか。

なにしろ、体力も腕力も、男性のほうが上ですからね。

「暴力」という手段をとられたら、女性は手も足も出ないのです。

そうして、

本来ならば、女性の「武器」であった「性的」なものが女性の弱点となり、

男性に搾取されるようになる。

男性も、それまでの恨みをはたすべくき、女性の性を弄んできた。

……で、今にいたる……と。

 

では、未来はどうなるか?

(男性だけが持つ)Y染色体は消えつつある運命。

つまり、そう遠くない将来、「男性」は消滅。

アブラムシのように女性だけの単為生殖になるか、

タツムリやミミズのように雌雄同体となるか。

いずれにしても、

その頃には、文学や映画や漫画や絵画や音楽などの芸術は廃れていることでしょう。

なぜなら、

芸術全般は「性欲」のはけ口のようなものであり、「性欲」を発散しそして閉じ込めるものだからです。

 

 

まあ、

あくまで、個人的見解ですが。

鳩と霊

今、とある実話怪談を読んでいて。

「鳩が集まるところには、霊も集まる」という一文が。

気になって「鳩、霊」で検索すると、体験談が次々と!

 

で、思い出しました。

四年ほど前のことです。

X市のマンションを売却し、残ったのは、山のような本とどうしても捨てられないあれこれ。

自宅に運びたくても、自宅はもうすでに荷物がぎゅうぎゅう。

これ以上は無理と、別に借りることにしたんです。

せっかく借りるんだから仕事場にもしようと思い、

眺めのいい物件を探しました

そして、見つけました。

住所は千代田区番町、皇居にもほど近い超一等地に経つ、高級マンション。

そこのワンルームが相場より安く出ていたんです。即決。

まあ、有頂天でしたね。

「憧れの番町に、(仕事部屋のワンルームとはいえ)部屋を借りられる身分になったんだ!」と。

 

ところが、その部屋は、内見のときから気になることがありまして。

臭い。

なんだかよく分からないのですが、

スパイシーな臭いがするんです。

体臭のようでもあり、カレーのスパイスのようでもあり。

前に社員旅行でいった東南アジアの空港を彷彿とさせるような、そんな臭い。

空気清浄機、芳香剤、消臭剤、いろいろと買ってみましたがダメ。

スパイシーな臭いが部屋に染み付いている。

その部屋にいると、私の体にまで染み付いてしまいそう。

でも、その部屋を訪れた人は誰もが「なにも臭わない」っていうんです。

 

なんだか、足が遠のきました。

たぶん、日本で一番の一等地、そして一番の眺めであるはずなのに、その部屋にいることが苦痛になっていったんです。

 

しかもです。

その部屋のバルコニーは、ちょっと油断すると鳩のフンだらけになるんです。

フンが山盛りになるんです。

鳩の鳴き声もすごい。

でも、鳩を実際に見る機会はなく。

鳩の気配がしたと思い視線をバルコニーに移しても、なにもいなんです。

残されるのは、フン。

そして、私は、掃除に明け暮れました。

フンを掃除するために通っていたようなものです。

 

その部屋は、一年を待たずに退去しました。

 

そして、思いました。

「賃貸でよかった。もし、買っていたらえらいこっちゃ」

 

ところで、最近、こんなニュースがありました。

www.tokyo-np.co.jp

 

日本人戦没者だと思っていたら、日本人は一人もいなかった(フィリピン人だった)というお話。

 

鳩の被害がひどかったマンションの近くにも

戦没者墓苑がありましたが、

調べると、フィリピンで収集された遺骨が収められているということです。

 

もしかして。

フィリピン人戦没者の溜まり場になっていたのかもしれません、あの部屋。

縁もゆかりもない日本に連れてこられて、

「祖国に帰りたい」と、嘆きながら彷徨っているのかも。

 

残穢 -住んではいけない部屋-

残穢 -住んではいけない部屋-

を、Amazon primeVideoで視聴。

 

 

事故物件かどうか。

今は告知は義務ですし、「大島てる」もありますので、事前に知ることができます。

とはいえロンダリングされている場合もあるので、運悪く、それとは知らず事故物件を掴まされることも。

「でも、新築なら安全よね?」

いえいえ。

建物(ハード)は新品でも、その土地が持つ「念」(ソフト)のことを忘れてはなりません。

 

「私的怪談」でも少し触れましたが。

以前住んでいたX市のマンションの話です。

そこは新築の分譲マンション。

 

今から約20年前。

お盆休みの最終日。

暇をもてあそび、冷やかしでモデルルームを見て回っていたところ、

気がつけば、購入の申し込みをし、さらには手付けの十万円を払っていました。

そう。その日の朝までそんなつもりはまったくなかったのに、

その日の夕方には、マンションを購入していたという、

なんとも恐ろしい衝動買い。

 

ミイラ取りがミイラに。

あるいは、飛んで火に入る夏の虫。

 

でも、そのマンションの立地は最高でした。

駅近で、商業施設も徒歩圏にそこそこある。

部屋も最上階で、しかも三方に窓があり景色も日当たりも抜群。

間取りも気に入りました。

なにより、家を所有するという満足感と優越感で、私は身も心も満たされました。

住宅ローンの不安はありましたが、そんなのは満足感と優越感が吹っ飛ばしてくれました。

 

そんな私のキラキラとした心に影が差したのは、

半年を待って、ようやく入居したときのことです。

エアコンの取り付け業者のおじさんがやってきました。

部屋に上がるなり、

「いい部屋ですねー、すごく眺めがいい」

と、お褒めの言葉。

「えー、そんなことないですよ」

などと、謙虚に否定しながらも、その唇はニヤニヤと綻ぶ。

「そうでしょう? すごいでしょう? 私が買ったんですよ! この私が所有者なんですよ!」

と、今にも言葉が飛び出しそうになります。

と、そのとき。

「あれ? この部屋……」

おじさんの顔が、突然強張ります。

「ここって、まさか……」

ぶつぶつ言いながら、窓の風景を見渡すおじさん。

「……なんですか?」

気になって訊くと、

「いいえ、なんでもありません」

と、おじさんは急に、口を固く閉じてしまいました。

当初の馴れなれしい様子はどこへやら、突然、無口に。

そして、手早く工事を終えると、

逃げるように部屋を出て行きました。

 

気になりました。

 

が、新築のマンションライフに酔う私は、おじさんのことは数時間後には忘れていました。

 

でも。

暮らしているうちに、

違和感が、じわじわと忍び込んできたのです。

まずは、夜な夜な聞こえる、赤ちゃんの泣き声。

寝室のベッドで寝ていると、微かに聞こえるんです。

火がついたように泣き叫ぶ赤ちゃんの泣き声が。

隣の部屋の赤ちゃんかな?と思ったんですが、

その部屋は独立していて、隣とは接していません。だから、お隣ではない。

じゃ、下の住人? 

それとも、換気扇を通して、まったく関係ない部屋から声が流れてくる?

ときには、

ぼそぼそとした話し声も聞こえてきて、

(女性と男性がなにか会話しているような)

あげくには、上から誰かが歩くような足音まで。

最上階なのに!

マンションの騒音問題は、一筋縄ではいきません。

いろんな音が増幅されて、想像してもないようなところから聞こえてくる。

上から聞こえたはずなのに、実際は階下の、全然関係ない部屋から……とか。

いずれにしても、

集合住宅に住んでいる以上、

騒音問題は避けては通れない。

だから、私も気にしないことにしたんです。

 

ところが、ある日、

明らかに部屋の中から聞こえてきたんです。

かりかりかりかりかりかり」という音が。

その音には数ヶ月悩まされましたが、

あるとき、整理ダンスの引き出しを開けたら大きな髪切虫が飛び出してきて

こいつが「かりかりかりかりかり」の原因でした。

この体験は、せっかくなので

孤虫症 (講談社文庫)」のモチーフにしました。

さらには、

馬鹿でかい「ナナフシ」、「ヤモリ」まで目撃。

「なんで? 新築のしかも最上階なのに! 普段、地上でも見ることがないヤモリとナナフシがいるのよ、この部屋には!」

怒りと恐怖で我を忘れそうになりましたが、

それでも、新築マンションライフを堪能していた私。

 

そんなこんなで、

2年が過ぎた頃。2000年頃でしょうか。

ネットでは匿名掲示板が大流行り。

私もこそこそ覗いていたものですが、あるとき、

その掲示板で、「あれ?」と思う書き込みを見つけました。

話題にしているのは、どうやらX市の怖い話。

しかも、うちの近所の話じゃないか?

いや、もっといえば、うちのマンションのことじゃないか?

そう、まさに、うちのマンションのことを話題にしていたのです。

『あのマンションの住民、知らず住んでんだろうか』

『そりゃそうでしょう。知ってたら、住まないでしょう』

的なやりとり。

心臓ばくばく。鳥肌ぶつぶつ。

「なに? なんなの? なにを知らないっていうの?」

 

つまり、こういうことでした。

全国的にも有名なある事件。

その舞台になったのが、まさに、うちのマンションがあった場所。

事件現場になった建物を取り壊して、建てられたのが、今のマンション。

「ひぃぃぃぃ」

変な声が出ました。

その事件のことはよく覚えています。

だって、連日報道していましたから。

「いやな事件ね。被害者たちがかわいそう」と母とも話していました。

その事件現場が、まさか、ここ?!

 

しかもです。

そのマンションだけでなく、

徒歩圏に「幽霊マンション」と言われる物件が複数。

どうやら、土地そのものにいわくがありそうなんです。

昔、その近くを流れる川は真っ赤に染まっていた……なんて都市伝説まで。

その川の近くでは、不思議な殺人事件まで起こっています。

 

だからといって。

ローンを抱えたまま、引っ越すわけにもいかず。

結局そこには15年以上住みました。

いろんなことがあった部屋でしたが、

でも、あの部屋に住んでいたからこそ、

「孤虫症」でデビューすることができ、

そして、「殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)」が生まれ、そしてプチブレイクすることができました。

 

ある人が言っていましたが。

事故物件は、水商売家業と相性がいいそうで。

役者さんや飲食関係の人は、わざわざ事故物件に住むんだそうです。

運気を上げるために。

小説家も、いってみれば水商売。

あの部屋のおかげで、今があるのかもしれません。

 

つまり、

「相性」なんだと思います。

いわくつきでも、その「いわく」と相性がよければ、

むしろ運気が上がる。

なんの「いわく」がなくとも、相性が悪ければ

不幸続き。

 

そんなことを思いながら、

残穢 -住んではいけない部屋-」を楽しみました。

 

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日本最恐の……

物心ついた頃から、夜は一人で留守番をしていました。

母が、夜の仕事をしていましたので。

それを苦に思ったことはなく、むろし開放感に浸っていました。

なにしろ、好きなテレビ見放題。

そんな私が、あるときから、テレビが怖くなったことがあります。

そのときの記憶というのが、こんな感じ。

夏。

母が仕事に出かけてすぐの頃、テレビを見ていたら、突然、特番ニュースに切り替わる。

それは、鬱蒼とした森。

で、記憶が飛び。

次の記憶は、新聞の一面。

その見出しは

悲劇嘆きのスカート」

場所は、鬱蒼とした森のようなところ。その一本の木に、スカートが絡まっている。

暗転。

 

なんだかよく分かりませんが、

それ以降、新聞とテレビがひどく怖くなり、

一人で留守番するのが苦痛でしかたなくなって……。

その頃です。

黒い殺人鬼に追われる悪夢を頻繁に見るようになったのは。

それから逃れるように、私は外に出て、街を徘徊。

夢遊病の発症です。

 

 

この一連の記憶を、ずっと夢か記憶違いだと思っていました。

だって、

この記憶は、小学校に上がるか上がらないかの頃。

そんな幼い私が、新聞の見出し「嘆きのスカート」を読めるはずもなく。

 

でも、大人になってもずっと気になっていたんですよね。

あの記事はなんだったのだろう?

少なくとも、私はあの特番のニュースと新聞にせいで、森が大の苦手になり、林間学校に行った時も、軽くパニックに陥りました。

つまり、トラウマを植え付けられたのです。

そこまで強い印象を与えた記憶が、「夢」や「記憶違い」のはずはない……と。

記憶をよくよく辿ると、

それは、飛行機墜落事件のようでした。

それで、調べてもみたんです。

その頃(1970〜1971年)に飛行機墜落事故は起きてないか?と。

でも、該当する記事は見つからず。

やっぱり、夢か?

 

その体験をモチーフにしたのが、「カンタベリーテイルズ」という短編。

 

が、数年前。

とうとう、あの記憶が現実だったことがはっきりします。

怖い話を求めて、サイトをさまよっていたとき。

「日本最強の心霊スポット」というのを見つけました。

それが、雫石の森。

「あ」と思いました。

記憶が反応しました。

「あのときの、森だ!」

そして、「雫石の森」を検索すると、

全日空機雫石衝突事故」という事故に由来することが分かりました。

 

1971年(昭和46年)7月30日、全日空の旅客機と自衛隊の戦闘機が空中で接触し、乗客155名と乗員7名の計162名全員が死亡した……という大惨事です。

こんな大惨事なのに、なんでそれまで検索することができなかったのか。なんでそんなに話題にならないのか。

たぶん、1985年(昭和60年)8月12日日本航空123便墜落事故影に隠れてしまったのかもしれません。

いずれにしても、大惨事です。

旅客機は空中で分解し、乗客乗員は全員、空から森に叩きつけられた状態で亡くなっています。

デリカシーと配慮に欠ける当時のニュースや新聞ですから、その様子をあますことなく流したのでしょう。

ご遺体の様子も。

それを見た幼い私が夢遊病になるほどの、ショッキングなシーンも。

 

その森が、今では、

日本最強(恐)の心霊スポット。

もし、それが本当ならば、

きっと、成仏できない魂がその地に留まっているのでしょう。

「思い出して」と。

1985年日航機事故のことは、毎年話題になりますが、

1971年全日空機事故のことは、ほとんど話題にもなりません。

一時はそのことを隠そうとしていたんじゃないかと疑ってしまうほど、マスコミもスルーしてきました。

 

 

まったく忘れられるよりは、

「日本最強(恐)の心霊スポット」という形で語り継がれるのもありなのかな……と思いつつ、

でも、やっぱり、「恐い」ではなくて、

「安らかにお眠りください」と手を合わせるのが筋だと思うので、

こうやって、このブログに書くことにしました。

 

合唱。

 

 

追記。

今でも、

飛行機から人が次々と落ちる夢や、飛行機が目の前で墜落する夢をよく見るのですが、やはり、この事故のイメージが強烈に残っていたんでしょうね。

その夢を見た翌日は、一日中、気持ちが重い。

そして、

いまだに森や山が猛烈に苦手で、それを画像で見ただけでも吐き気がするほど。

 

 

でも、これからは、そんな状態に陥ったらお経を唱えることにします。