真梨幸子mariyukiko’s blog

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「私が見た未来」を改めて考察してみます(訂正あり)

オカルト業界ではすっかりお馴染みの「私が見た未来」(たつき)という漫画。

1999年に発売されたこの単行本(現在は絶版)、数年前から東日本大震災を予言した漫画として各メディアで紹介されはじめ、古書の値段は高騰。

さらに2020年にはネット上にたつきまで現れて、オカルトマニアをざわつかせました。

そして、2021年。本物のたつき先生が現れ、その年の秋、「完全版」という形で復刊を遂げます。

しかも、「大災難は2025年7月5日」という新たな予言まで。

 

www.kinokuniya.co.jp

 

さて。これまでの経緯をざっくりとまとめると。

1999年に刊行された「私が見た未来」という単行本は短編集で、表題となった「私が見た未来」という作品はその中の短編(初出は1996年)に過ぎません。

その短編は、作者の夢日記がテーマになっています。

作者自身が登場し、「夢」の不思議を語っていきます。

枕元にノートを置き、目が覚めたら見た夢を記録する……というのが作者の日課

で、予知夢としかいいようがない夢があることに気づいていきます。

それは、実際に起きた殺人の夢だったり、クイーンのフレディが病気で亡くなる夢だったり(なんと、クイーンの伝記が映画化される夢まで!)。

プライベートなことから社会的に重大な出来事まで、予知として夢に見ていることに気がついていくのです。

そんな数々のエピソードを「夢日記」を捲りながら、あれこれと考察してく作者。

(ちなみに、単行本の表紙に描かれた数枚の夢日記は、特に印象の残っているものを選んで描いたそうです。特に有名なのが「大災害は2011年3月」ですね。)

 

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で、「これ、ちょっと気になるんだ」と作者がページを止めたのが、「津波」の夢を記した箇所でした。

その夢は、作者が10代の頃に見た夢。

あまりに衝撃的でインパクトのある夢だったので、後に(1981年)漫画にしようとネームを切ったそうです。

でも、いざ描こうとすると鳥肌が立って、寒気と吐き気まで襲ってきて、断念するしかなかった。そのまま幻となったわけですが。

なんと、そのネームが、今回の「完全版」には掲載されているんです!

それを簡単にまとめると。

 

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その年は、1年中冬といいい程、寒い日が続き……

 小さな地震があちこちで起き……

 そんな夏のある日、大津波がやってきた

という衝撃的な夢を見た作者が目覚めます。

なぜか、ずぶ濡れ。

時計を見ると、午後?5時。

「お母さんを迎えに行かなくちゃ」と、外に出てみると、なにか様子がおかしい。

知っている街ではなくて、どういうわけか歩道橋の向こう側が海になっている。

どうやら大きな津波がきて、街をすっかりさらってしまったらしい。

残っているのは、作者が寝ていたアパートの一部歩道橋になってしまったほんの一部の陸地のみ……。

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つまり、作者は、夢の中で大津波が来た夢を見て、目が覚めると街がすっかり大津波にさらわれて姿を変えていた……という展開です。

結局作者は、このネームを漫画にすることはなく、1999年、「私が見た未来」を上梓したあと、漫画家を引退します。

 

この津波のエピソードと、表紙の「大災害は2011年3月」の夢日記から、「東日本大震災」を予知した夢ではないか?と、世間では言われています。

が、作者自身は、切り離して考えているようです。

大災害は2011年3月」というビジョンの夢も確かに見ているのですが、津波の夢とはまた別物だと。

津波は、まだ先の「未来」のことだろうと。

では、それはいつか。

 

作者はその後もたびたび津波の夢を見ていて、最近になって、その日付も具体的に見ることができんだそうです。

それが「2025年7月5日」。

作者いわく、1981年に見た夢は「2025年7月5日」のビジョンではないだろうか?とのこと。

 

オカルト界隈、またやもざわつきました。

2025年、横浜に大津波がやってくる!」と。

(ここから、私の考察がはじまります)

いや、ちょ、待てよ。

横浜って?

私もいつのまにか、「横浜が大津波に襲われる」と思い込んでいたんですが、「私が見た未来」では、「横浜」なんていう具体的な地名は出てこない。

はて。なんで、「横浜」が一人歩きしているんだろう?

と、色々と紐解いていくと、「偽物」が関係してました。

コロナ禍のどさくさに、突如SNSに現れた、たつき諒」。

本物だとみんなころっと騙されました。あの「ムー」も、ミスター都市伝説すらも!

で、この偽物が、「横浜」と言及したんですね。

それで、大津波の舞台は「横浜」と定着してしまったんですね。

※(作者のプロフイールを確認してみたら、作者は「横浜在住」とありました! 横浜は無関ではなかったのですね。22/1/20訂正)

 

ところがです。

完全版に収録されている大津波エピソードのネームには、作者が夢の中で寝ていたのは「埼玉で一人暮らししていたときの古い木造アパート」という注釈がついているんです。

そうなんです。キーワードは、「埼玉」なんですよ!

「え? でも。埼玉県は海なし県。津波に襲われるはずないじゃんw」

いえいえ、埼玉県、ほんの数千年前までは、「海」がありました

そう、縄文時代縄文海進の頃。

ほぼ、こんな感じでした。

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http://flood.firetree.net

 

縄文海進は、特に関東地方の海の侵食が激しく房総半島は島大宮あたりは半島でした。

その証拠にこのあたりでよく貝塚が発見されますし、なにより、「浦和」だの「八潮」だの、海に関係する地名が多く残っています。

(そのあたりことは、拙著「縄紋」で詳しく言及しています!)

つまり、(当時埼玉県に住んでいた)たつき諒さんが見た大津波の夢が予知夢だとしたら、埼玉県海あり県にしてしまうほどの壊滅的な大津波が起きるということです!!

(そんな大津波がやってきらた、横浜も飲み込まれるのは大前提。なので、「横浜」に大津波が来る……というのはあながち間違いではない)

 

たつき諒さんが、埼玉県のどこにお住まいだったのか、これ、とても気になります。

 

……とここまで書いて、私の記憶がびびっと反応いたしました。

私も、埼玉県に住んでいたことがあります。私の場合はT市だったのですが、その頃、頻繁に見る夢がありました。

とんでもない轟音が鳴り響き、窓の外を見ると、水の竜巻のような、または巨大な水の柱?壁?のようなものが街を飲み込んでいる。で、次の瞬間、あたりはすっかり海になってしまって、呆然とする私……という夢です。

見慣れたタワーマンションもことごとく潰れ、一面の海。

そんな夢です。

その後、3.11があり、その津波の映像とちょっと似ている感じもあったので、「この夢だったのかな……」とも思っていたんですが。

もしかしたら、もっと先の未来に起きる予知夢だったのかもしれません。

 

信じるか信じないかは、あなた次第!

 

〈参考〉

縄紋

www.kinokuniya.co.jp